2008年01月12日

女の子差別の起源

明治民法が女性にとってどんなものだったか、調べると興味深いことがわかります

明治3年 平民の苗字使用が許される
明治7年 太政官指令により妻は結婚後も生家の姓を名乗ることとされる
明治31年 明治民法が施行され、妻は夫の姓を名乗ることとされる

つまり昔から妻は夫の姓を名乗ってはおらず、名乗るよう定められたのは
明治民法以降で、現在の憲法制定後も、事実上その慣習が踏襲されている
ということです
明治時代の民法の定めが違っていれば、夫婦の姓意識も今とは違っていたのです
参照「厚生白書」平成10年版
http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpaz199801/b0023.html

さらに明治民法では、戸主権は、家督相続によって戸主の財産とともに
長男に承継され(長男単独相続)、
夫権を認めて妻を無能力者とし、法定財産関係において夫の優位を認め、
子に対しては父権優位の親権制、家督相続においては男子を優先するなど
男子優位の原則を確定しました
参照「家父長制Patriarchy」
http://danjo.city.kashiwa.lg.jp/gakushuu/gender_terms/terms/kafuchosei.htm

妻が夫の姓を名乗り、家督相続は男子がし、あらゆる決定権を持つ、
という家父長制は明治民法によって作られたものです
それ以前はそう決まってはいませんでした
女性の家督相続もあり、離婚再婚も頻繁にありました

家父長制によって、女性の意識も当然影響されていると思います
家庭で長男が尊重され、次男以降と女子は間引きされ捨てられ売られ、
養子に出され、成長しても貧しければ結婚もできず、
子供の頃から食べ物も少なく教育も受けられず、親の愛情も受けられなかった
という話は、祖父母くらいの世代からは直接聞きます
陰惨なエピソードには事欠きません

今もその影響は続いています
平成不況の影響で、男女両方の子供がいると、女の子が進学をあきらめる、
という傾向があります
親も、女の子は嫁に出すから、早く家を出たくなるよう無意識にいじめる、
という話も聞きます
進学しても特に氷河期には女子の就職率が落ち込みました
死亡補償金も、改善されたとはいえ男女差があることは知られています
(男の子にも期待されて全責任を負わされる受難があり、逃げ出す人もいます)

本日発売の『安寿』(黒田出版興文社「子供の事件簿」)という作品で、
母親から可愛がられず、離婚後は母親に捨てられ、父親に虐待され、
そこから脱出する女の子を描きました
『山椒大夫』は、奴隷に売られた姉の安寿が死に弟の厨子王は逃げて助かる話です
作者の狙いはさておき、子供心には、姉が死ぬのが嫌でたまりませんでした
漫画やアニメも女の子が弱くて、情けないと思う話が昔はよくありました
親も昔は、男の子びいきが露骨でした
今は昔ほど露骨でなくても「男の子に期待する」家庭はありますよね
「私は男の子と女の子を差別なんかしない」と思う親御さんもいるでしょうが
誰もがそうではありません
現実にある根深い差別意識、それによって子供の心に
つけられる傷を描きたかったのです
女の子は弱い、価値がない、一人では生きていけない、という弱者意識は、
昔は、生まれつきあるように思っていましたが
色々学んで知るにつれ、疑うようになりました
明治民法(家父長制)を知って、目からひとつ鱗が落ちました
時には政治によって、環境、情報によって人の意識も変えられるのだとわかりました
何でも周りのせいにするな、と言うのは簡単ですが
ヒトの作りし構造的差別を認めないのは間違いです
まずそれを自覚して変えられるものは変えたいと思っています








posted by 183 at 12:20| 夫婦別姓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする