2012年01月15日

本当の推定無罪

推定無罪という言葉は、日本でも一応は知られていますが、一度捜査機関の取調べを受けると
「あれだけニュースで言ってるんだから、やってるよ」と思われることは避けられません
日本人はマスコミを妄信する、魔女狩りが好き、死刑が好き、と自嘲する人もいますね
『推定無罪』(スコット・トゥロー)を読むと、米国人もマスコミに影響されやすい、
ということがわかり、安心します
推定無罪の意味も、一般にはよく理解されていないので、陪審員に説明します
『推定無罪』は、現職の検事補が書いただけあって、法廷描写がリアルです

主人公サビッチ検事補が、手がけていた殺人事件の被疑者とされ、疑惑を書き立てられます
疑われても仕方ない理由があり、私生活が道義的に非難されています
法廷で陪審員にどう思われるかが、運命を分かつ鍵ですから、不利な立場にいます
裁判長のラレン・リトル判事は、その重要な陪審員候補者に、こう質問します
「あなたはサビッチ氏が、起訴の理由となっているこの犯罪をおかしたと思いますか?」
「さあ、まだわかりません」と、候補者は答え、即座に陪審員から外されます
なぜ失格なのか、裁判長はその理由を次のように説明します


いですか、サビッチ氏は無罪である。裁判長のわたしがそう言っているのですよ。
みなさんはそこに坐っているとき、あちらを見て、自分に言い聞かせていただきたい。
あそこにいるのは無罪の人間である、と
 このようにして彼は続け、検事側には合理的な疑いの余地なく有罪を立証する責任があること、
被告人には無言でいる権利があることを説明する。


そして、次の候補者にこう尋ねます
「無実の人間は立ち上がって、自分はそんなことはしていないとはっきり言うべきだとは思いませんか?」
「言うべきだと思います」と候補者は正直に答えます
裁判長は、もちろんそうだろうが、その必要はないと憲法に定められている、と説明します


憲法をつくった人たちがこう言っているのですよ。“サビッチさん、あなたに神の祝福あらんことを、
神の祝福のもとで、あなたは何も説明しなくてもいいのです。検察側はあなたの有罪を証明しなければ
なりません。ですが、あなた自身はしゃべりたくなければひとこともしゃべらなくてもいいのですよ”と。
しかし、もしあなたがたの一人でも、サビッチ氏が説明すべきだという考えを持っていれば、
彼はこの神の祝福を受けることができないのです。


立証責任は検察側にある、ということが理解できます
被告が説明する必要はありません
日常、うまく説明できないから有罪だ、と思っている人も、陪審員としては、
合理的な疑いの余地ない立証がなされたかどうか見極め、判決を下すことを求められます

次に、裁判長はマスコミの問題を取り上げ、候補者に事件について何を読んだか質問します
陪審員に選ばれたくて、或は嫌で、嘘をつく人がいますが、徐々に真実を引出していきます


ほとんど全員が、この事件について何かを耳にしていた。リトル判事は約二十分もかけて、
それらが無価値な情報であることを説く。「この事件について、だれも何ひとつ知ってはいないのです」
と彼は言う。「証拠となり得ることはまだひとことも話されていないのですから」そして、
マスコミから得た情報を頭から締め出すことはできないと告白した六人を退廷させる


それでも報道の影響を完全に無視できる人はいない、と覚悟して、法廷闘争が始められます
裁判員も、検察審査員も、こうあるべきだと思います
まして彼らに提出される資料に、虚偽の報告書や、証拠の恣意的な選別があってはなりません

さらに、陪審員候補者には、その背景に関する予備尋問が時間をかけて行われます
以下、手に汗握る法廷闘争をぜひ直接お読み下さい
法廷では、最後までサビッチは一言も証言しません
弁護士が、不利になると判断して押し止めます
そして、本人の証言なしで、検察側の示す証拠の適否を追及し、虚偽をあばきます
まさに圧巻です
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posted by 183 at 14:19| 裁判員制度 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする