2016年02月19日

極限状態の兼業生活

前回は会社員と漫画家の兼業になるまでを書きました。
募集時の説明通り、ほぼ9時5時の勤務でした。そうは言っても、掃除は毎日新米の私の担当で
遅くても15分早く出社しないといけません。そして帰りも、軽い掃除とゴミ集めをし、ゴミを
出してから帰宅します。また、やはり時には残業もあります。
問題はそれ以上に通勤時間が長かったことです。面接の時は昼間だったため1時間20分で行けた
のですが、ラッシュアワーは乗降に時間がかかり混雑します。道路は渋滞し、バスも遅れます。
混雑する時間帯には1時間45分、天気が悪いと2時間かかります。そしてもちろん、座れません。
会社の仕事は一般事務と秘書的業務を兼ねたもので、きつくはありませんがミスはできません。
緊張して働き、帰宅するのに立ちっぱなしの2時間は疲れました。朝のラッシュはもっとひどく、
押しつぶされて死ぬかと思う混雑でした。通勤地獄とはよくいいました。その上、帰宅してから
漫画描きです。勿論時間が足りず、締切り前は徹夜になりました。徹夜して原稿を送りラッシュ
アワーの通勤地獄で立ちっぱなしで、出社するとすぐ掃除、デスクは丸見えで隠れて居眠りも
できず、背筋を伸ばして仕事です。締切り前は、3日間、一睡もせずに働く羽目になりました。
漫画家だけなら締切明けに爆睡できますが、会社員兼業では寝られないままさらに1日仕事です。

これを覚悟しないといけません。考えたつもりでも、甘いところがありました。

その時期に限って、奇妙な現象が続きました。テレパシーと言われる能力が身につきました。
徹夜してフラフラで電車のつり革につかまっている私の耳元で「東十条」と囁く声が聞こえます。
それは、斜め前に座って寝ている女性の声だと、なぜかわかりました。そこで降りるという意味
です。私は半信半疑で移動して彼女の前に割り込むようにして立ちました。すると彼女は本当に
東十条で降りたのです。私は空いた座席に座ることができました。また別の時は、初めて会った
編集者の印象が悪く話が合わないので、仕事にならない、やめて他へ行こうと思っていましたが、
夢にその人が出てきて、しきりに催促するのです。そこで、ちょうど作っていたネームを送ると
即採用、その後順調に仕事ができました。慣れると打ち解けてやりやすい人でした。
まだあります。どうしてもやる気になれない仕事があったのですが、夢に編集者が出てもういい
と言うのです。非常にリアルで、やらなくていいのかなと思っていたら、3日後に同じ人が、
もういいと、夢と同じ声で言ったのには驚きました。そういうことが時々あり、常に助けてくれ
ました。休めるように、お金がもらえるように、少しでも楽になれるように、ガイドしてくれて
いるようでした。それは声として聞こえることが多く、時には絵で見えることもありました。目
の前に、ポンと少し先の光景が見えるのです。最初は戸惑いましたが、やがて予知能力のような
ものが働いているのを意識するようになりました。この現象は、無理な兼業をしている時に起き
兼業をやめるとなくなりました。それでも、以前よりカンが働くことは変わりません。
今考えると、心身共に極限状態の時に、生命を守るために通常必要ない能力を発揮できたのかも
しれません。
そうした話を受けつけない人にまで押しつけるつもりはありません。
偶然勘が働いた、と理解していただければ結構です。
以後、必死で生きようとしている自分の体を自ら傷つけてはいけないと心しています。

無理な兼業をしながらも、精神状態は以前より安定しました。ただ、漫画がなくなれば9時5時の
ルーティンワークで、その先の見通しは何もありません。どうしても漫画は続けたいと思って
いました。そして、幸運にも読切りと並行してショートの連載の仕事が決まりました。
その時私は思い切って会社を辞めました。打合せの時間も取れず、兼業は無理でした。編集者は
心配しましたが、1年後にその会社が倒産し、どの道私は漫画を描くしかなくなっていました。

兼業で漫画を描くなら、通勤も計算して勤め先を選んで下さい。
これが私の得た兼業生活の教訓です。

これ以前の「漫画けもの道」はHPに一覧にしています。
http://www.shinobumakimura.org/blog/
posted by 183 at 12:10| 漫画けもの道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする