2016年02月21日

大きな運命には抗えない

会社員兼業をやめ漫画専業になって1年後に会社が潰れました。運命とはそういうものだと
思います。自分の考え、努力である程度の違いは作れても、大きな変化には抗えません。
例えば雑誌が休刊になる、編集長が交代して作家を入れ替える場合もそうで、前の編集長に
抜擢された人は、まとめて切られます。人気連載や看板作家は別としても安泰はありません。
色々な経験を重ねて、その時どうするか考えて選択します。その繰り返しです。

漫画専業になってしばらくは、編集者の企画、注文で占い漫画を描いていました。大手で
かけもち、どこも1年後まで予定が決まっているという安定した創作環境を初めて手に入れ
ました。
ただしそれは占い漫画という人気企画に助けられていたからでもあります。
しかし実用コミックとは違い、ミステリーに占いを取り入れるという形で、特定の占い師の
監修はありません。売られている本を参考に、漫画的な誇張を大いに加え面白く描くことが
課題でした。実用ではなくストーリー漫画でしたから、やりがいはありました。原稿料も
この時期に上がっていました。アシスタントを使っても生活できました。バブル以後出版が
好調で、大手から増刊や新雑誌が出ていたという幸運にも助けられていました。

しかし、それは間もなく終わります。
最初に占い漫画を描いた雑誌は休刊になりました。大手の雑誌で、人気もあり、長く続いて
いたので、潰れるとは思わず驚きました。その2年後に占い漫画でシリーズをやった雑誌が
休刊になりました。編集長も異動し、人事は漫画家も含めて刷新されました。前編集長時代
参加した私もですが、同じ頃にデビューした新人、若手は、描く場所を失いました。さらに、
別の占い漫画を描いて受けた雑誌も休刊になりました。残った雑誌にはレギュラーがいます。
また休刊した雑誌とは編集方針も違います。そこに新たに企画を出して仕事を取ることも
できましたが、また別に描く雑誌を探しました。占いの実用漫画なら機会はありましたが、
占いなしでミステリーを描きたいと思うようになっていたため、ネームを作り営業しました。
勿論私に圧倒的な人気があれば営業しなくても抜擢されていたと思います。しかしそれでも、
雑誌の休刊は変わらず、同じ傾向の作品を続けて描くことは不可能でした。続けたければ
他に場所を探して移ることになります。連載途中で掲載誌が変わるのは、何かしらそうした
事情があるためです。

その頃新規開拓した雑誌に原稿を渡した直後、腕の痛みが尋常ではなく、指が動かせなくなり
体調も悪化して休むしかなくなりました。幸いその前に数年好調で、会社員時代の蓄えもあり
生活にすぐ困るというほどではありませんでしたが、もって1年程度で、余裕はありません。
税金も保険料も容赦なく前年度の所得を元に請求されますし、奨学金の返済もあります。完全に
働かないというわけにいかず、右手に負担のかからないアルバイトと貯蓄の取り崩しで生活
していました。しかし治る見込みがあるわけでもなく、仕事は切れたままで、やる気がないと
見放されていたでしょう。心理的にはどん底でした。そういう時のための貯蓄は欠かせません。
お金を使わず切り詰めて貯めていたことは幸いしました。

これ以前の「漫画けもの道」はこちらに一覧にしています。
「病気休筆前後」は内容が重複しますが、合わせてお読み下さい。
http://www.shinobumakimura.org/blog/
posted by 183 at 12:57| 漫画けもの道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする