2016年02月22日

極限のセーフティネット

大きな運命には抗えない、と書きましたが、全くその通りで、最初にラブコメを描いて3位を
取った少女漫画誌もなくなりました。好きで潰れそうな雑誌に投稿したわけではありません。
80年代後半はバブルの上り坂、漫画も売れ、投稿した雑誌には漫画愛好家なら知っている
名作が連載され、私が掲載された時も続いていて、潰れると思えませんでした。デビュー後
女性向けは男性向けより不振と聞きましたが、読者にそこまでわかるはずもありません。
ネットもなく、検索で部数を調べることもできませんでした。何よりファンだった大御所に
惹かれて投稿しました。激しい競争の中で、もう少し結果を出して、そこだけに絞っていたと
しても、やはり描いていた雑誌が潰れてレギュラーを失う結果は変えられませんでした。
その後は新雑誌や別の雑誌に移って実績を上げるしかない、ということです。

しかしその前に身体を回復させないといけません。その頃まだネットは普及しておらず、電話
が交流手段でした。時々電話をもらったりかけたりする漫画家が数人いました。漫画家以外の
知人とも、たまに話すことはありました。体調を崩した時にも、たまたま電話をかけてきた人、
かけた人がいました。近況を話す時、腱鞘炎で描けないと、わかりやすく説明し、それ以上は
あまり余計なことは言いませんでした。他人にどうこうできることでもないと思ったからです。

漫画家でなく安定した生活をずっとしている知人たちも、皆温かい言葉をかけてくれました。
「何かあったら相談してね。今度ご飯でも食べようよ。」もちろん、気持ちを感じました。

漫画家の知人は、電話の翌日宅配便で荷物を送りつけました。ダンボールに、米と保存食、菓子、
暇つぶしの本とCDが入っていました。電話をかけると「これで1か月大丈夫だろう。私が描けなく
なった時に、漫画家の友だちがしてくれたことで、その友だちも漫画家の友だちに同じことを
してもらったので、順番だから返さなくていい。次の人にしてあげればいいから。迷惑だったら
捨てるか譲るかしてくれればいい」という話でした。その人と特に仲が良いというわけでもなく、
他にも米をくれた人がいました。漫画家は互いに困り方を知っているため、即時、即物的です
仕事切れには編集者を紹介する、自分がアシスタントに使う、という支援もよくあります。

漫画家は個人事業主です。病気や倒産で仕事が切れた時の保証はなく、自分で保険に加入しない
限り、失業給付も受けられません。
私は生命保険に加入していましたが、入院しないと支払われ
ませんでした。通院でも支払われる契約も、今ならできますが、当時はありませんでした。
ですから1ヶ月分の食糧はありがたく頂戴しました。そしてさらにその後、同じ人から電話があり
「健康診断に行くから待ち時間をつぶすのにつきあってほしい、ついでに診察も受けたらいい」
と誘われました。保険証を持って出かけた病院は、漫画家御用達でした。カウンセリングも
学んだ医師で、生活相談ができる人で、友だちの漫画家の紹介、また紹介で、教えられました。
悪いのが腕だけでないことがわかりました。支払いは誘った知人が問答無用でしてくれました。
断ってもききませんでした。いわくそれも順番です。私も後年業界の知り合いに、いくばくかの
支援をしたことはありますが、恩に着せるつもりなどありません。気を使ってお返しをするより
あるものは順番に回すのが合理的です。

近所の鍼灸院に藁にもすがる思いで入ったのは正解で、痛みが緩和しました。少しずつ体調を
回復させて、バイトをしながら、1年以内に復帰すると決めていました。それは実現しました。
漫画家は倒れても自分で立ち直るしかありません。セーフティネットは同じ漫画家の助けです。

これ以前の「漫画けもの道」はこちらに一覧にしています。
http://www.shinobumakimura.org/blog/

posted by 183 at 12:28| 漫画けもの道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする